2011年02月11日

夢か現かはたまた幻か

ニュージーランドの家に帰ってきた。
ドアを開けて、家の中に入ってあたりを見回す。埃やらクモの巣やらがちょっと溜まっているけれど、当然ながら出た時とそのまま同じ。まるで昨日までここで暮らしていたような気分になり、逆にこの1年間京都に住んでいたとはとてもじゃないけれど信じられない。非常に不思議な感覚。
ネットはすぐに繋がるようになったけれど、車の手続きやら、パソコンのセットアップやら、留守中に壊れていたソーラーの温水器の修理の手配などに追われて、まだ万事すべて順調とは行かない。それでもまぁあと3、4日の間には以前の暮らしに戻れるように努力している。

今回の日本のマンションで1年暮らした後に家を見て感じたこと。
なんだかいらない物がたくさんあるなぁ、特にガレージの中。
場所があるので捨てる必要がないからとアクションを起こしていなかったおかげで、もう何年も使っていない、これからも二度と使わないであろう物が、山積みになっている。今なら、日本のシンプルな暮らしの勢いが残っている今なら、こういったガラクタを整理できそうだ。

といっているそばから、こういうのもなんなのだけれど、日本で使っていたもののうち捨てるに忍びない、ということであれこれダンボールで10個ぐらい送っているんだよなぁ。

やっぱり、ガラクタの山は減りそうにないな、とほほ。


posted by 完治 at 16:58| Comment(10) | たわ言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月24日

1年

今日で僕が京都に移ってきてから丸々1年たった。
いや、色々なことがあり、様々な思いをした1年でした。
このマンションともあと数日でお別れ。窓から見える嵐山の風景ともおさらばだ。
2月9日の昼過ぎに関空から飛び立てば、翌日10日にはまたニュージーランドでの生活が始まる。
日本に来る前は「しばらくいるのだから、あそこに行ってみよう、ここにも出かけてみよう」などと夢想していたけれど、実際に暮らし始めてみると、当たり前ながら仕事もしているわけだし、犬や猫の世話もしなければならないので、遠出はほとんどできなかった。
それでも懐かしい友達に会うこともでき、楽しい毎日を過ごせたと思う。

ありがとう。

犬や猫も飛行機での長旅を堪え、環境の急変に耐え、猛暑も乗り切り、よくやってくれたと思う。もっともニュージーランドについてもすぐには家に帰れず、検疫指定の施設に30日間いなければならないのだが、まぁ、そこは我慢してくれ。


輸送用のケージの中で仲良く眠るモモとトビ


家から15分ほど歩いたところにある北嵯峨の田園風景

posted by 完治 at 11:33| Comment(10) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月12日

またしても

嵐山の紅葉がようやく色づき始めた。
今日は新そばを昼に食して、いや、やっぱりうまいなぁと日本の秋を堪能してから、その近くの和菓子屋で「夕ばえ」なるお菓子を買って帰る。これは妻がずっと食べたいといっていたもの。見た目はどうと言うことがないのだけれど、口に入れると、さわさわと崩れ、ああ、と思わず声が出るほどの美味しさであった。お店は本当に小さくかつ目立たないので、その存在を知っていて、そこを目指して行かないと絶対にたどり着けない。
そんなお店がこれだけ美味しいものを作っているのだから、京都はやはりすごいです。
と、感心していたら「書き留めでぇす」の声。よくよく見るまでもなく、例の京都地方裁判所からのお手紙。これはもしやと開けてみれば、わっはっはっは、3つ目の債権差し押さえ命令書だぁ! だいじょぶか、大家さん? そういえば、最近マンションの前で会っても気が付かない振りをしてそそくさと逃げてるもんなぁ。
僕が心配してもどうなるものでもないので、夕飯はこれから祇園に出かけ、餃子を腹いっぱい食べてくるつもり。

世の中いろいろ、人生もいろいろだなぁと感じ入る秋でございます。

posted by 完治 at 18:17| Comment(3) | たわ言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月09日

なにやら不穏な雲行き

一昨日、またまた京都地方裁判所から書留が届けられた。開けてみればまたまた債権差押。前回は500万円あまりの債権に対する差押だったのが今度は別件の2500万円!
すっげぇ。
しかも内容を見てみると、前回は支払い延滞に対する損害金額として年利6%とまぁ妥当な上乗せだったのに、今回はぎょっとびっくりの21.9%。サラ金よりがめつく取りに来てまっせ。
で、債権と債権がぶつかり合ってなにやら面倒なことになっている。これまで家賃はこのマンションを手配してくれた不動産管理会社に支払い、そこがまとめて債権者に支払っていた。つまり店子としては家賃支払いにまったく変化はなかった。が、債権が重なってしまったためそれができなくなった。まず裁判所に電話して「どないしたらええのんですか」とお尋ねしたら、京都法務局に行きなさい、そしてそこで供託課を訪ねなさいとのご宣託。京都の西の端から東の端まで車で20分ほど走って出かけてみれば、とにかく書類にあれこれ書き込まされて面倒くさいったらありゃしない。今後は店子は家賃と駐車場代は法務局に払い込む。そうすると払い込みを確認した書類が送られてくるので、それを裁判所に送る。と今度は裁判所がどういう割合で分配するのか知らないけれど、家賃をそれぞれの債権者に支払うことになるらしい。で、マンションの共益費は別なので、これは今までどおり不動産管理会社に払う。しかも家賃を払うたびに、つまり毎月この供託をするために書類に記入し(2回目からは記入項目は大分減るとはいえ面倒なのは面倒)、供託の確認書類を裁判所に送ってという手続きをしないといけない。
だぁ、もう、面倒だなぁと思いながらも、大型犬2匹、猫1匹を飼えるマンションは京都にはまずないので、もうしばらく様子を見てみることにした。
今日たまたまお向かいさんとエレベータで会ったのでちょっと話をしたら、どうやら職場がこのマンションを世話してくれたようで、「引っ越してもいいよ」という話が出ているらしい。

まぁ、私らは「面倒だなぁ」程度だが、それよりも何よりも一番大変なのは大家さんだろう。
どこでどう躓いたのか知らないけれど、店子からの家賃収入もマンションを立てる際のローン返済の一部として絶対に計画に繰り込まれていたはずである。今後店子が誰も出て行かないとしてもこれから3年ほどは家賃を全て債権者に取られてしまうので、一銭も手にすることはできない。となるとローン返済はかなり厳しくなるだろう(っつうか、無理じゃね?)。さらに店子が出て行けばそれだけ事態は長引くし、「家賃が供託になってます」なんて状況では不動産屋も新しい店子を紹介してくれるわけがない(実際、ネットで検索してみたけれど、どこの不動産もこのマンションの空き室を紹介していない)。
となると、このマンションは競売ということになるのかもしれない。

なんだか日本に帰ってきて短い間に随分と色々な経験をさせてもらってます。
posted by 完治 at 16:39| Comment(2) | たわ言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月28日

京の夏

京都に住み始めて半年。盆地特有の猛暑に女房とタロはバテ気味だが、僕は暑ければ暑いほど「ぐふふふ」と妙な元気が湧いてくることを発見。口を開けて呼吸をすると、舌が乾くのが判る。そんな気温37度の中を、すげぇ!めちゃ暑いじゃん、と意味も用事もなく歩いてみたり。
家に戻って水を飲んだ途端にどっと汗が噴出す。そこでシャワーを浴びると、いや、気持ちいいこと。

さて、この1月末に京都に移り住んだ理由は父の看病、介護であった。父は数年前に前立腺癌を患い、化学療法で完治したと思われたのだが、去年6月に再発。骨転移もあったので余命は1年余りという話であった。病院での延命治療は一切して欲しくない、最後は自宅でという父の希望に沿うべく、入院せず母が一人で面倒を見ていた。しかしやはり一人では大変だろうと、パソコンとネットさえあればどこでも仕事のできる僕が戻ることにしたのだ。母の献身的な介護の甲斐あって父は先月末に自宅のベッドで母と僕が見守る中、静かに息を引き取った。
今回、帰って本当に良かったと思う。一つは、短いながらも父と非常に濃密な時間を過ごせたこと。もう一つは、一人の人間がゆっくりゆっくりと高度を下げ、最終的に着陸するまでをすぐ隣で感じることができたこと。それで判ったのは事故で即死というのでもない限り、生と死の間に明確な境界があるわけでなく、夕暮れ時にいつの間にか暗くなって人の姿が見えなくなるように、こちらからあちらに緩やかに移行してゆく。それにワンテンポ遅れて、残された人間が振り返りながら追認するように死を意識していくということ。
父の呼吸が次第に間遠になってゆくのを、母と二人でベッド脇で見ていたあの時間。その時も感じていたのだけれど、本当に現実離れした、非常に不思議な時間だった。悲しいとか寂しいとか、あるいはがっくりするとか、そんなお安いドラマや映画のお決まりの感情は何も浮かばず、ただ生と死の狭間、生でも死でもない宙ぶらりんな空間に僕たちも引き込まれ、静かに見守るだけだった。


今日は朝から曇り。暑さも和らいで体温は超えないらしい。ちぇ、つまんないの。と小学生のような反応をしつつ、京都の夏を楽しむとしよう。
posted by 完治 at 10:21| Comment(13) | たわ言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月14日

京の6月

なんか、最近腹が出てきたなぁ、さすがにこれじゃやっぱ、まずいかも。というので、とりあえず現状を正確に認識するべく、100g単位で計れる体重計をアマゾンで購入。が、それと一緒に「京都のおまんやさん」なんて本も買っているのだから、果たして本当にダイエットなどする気があるのかどうか。

先週は、水戸まで泊まりで。
先月、東北で釣りとキャンプを一緒にした友達のお通夜とお葬式。去年からの闘病で、あの時もすでに満足に歩ける状態ではなかったのだけれど、棺の中の彼は本当に痩せ細っていた。結局、あれが最後の釣りとなってしまった。棺に花と一緒に釣り道具を入れ、それぞれ持ち寄った毛鉤をお供えして、さようならを告げた。

帰りは東京で途中下車し、やはり去年の12月に他界した釣り友達の家に。お父さんと奥さんから色々とお話を伺う。形見分けということで、毛鉤をいくつかいただいた。今度、釣りに行くことがあったら、これを使おう。

このところマンションの入り口にツバメが飛んできていると思ったら、巣を作った。手を伸ばせば届く距離に、夜にはちんまりと小さなツバメが2羽とまり、尻尾を突き出している。巣作りの泥や糞などで入り口が汚れるので、撤去されてしまうのではないかと心配したけれど、今のところ大丈夫。おそらく大家はそれどころではないのかもしれない。

このところ暑かった京都も、梅雨入りとかでちょっと涼しい。犬たちも気持ちよさそうに眠っている。
posted by 完治 at 18:08| Comment(4) | たわ言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月14日

ディープな生活

先日、ゴールデンウィークの真っ只中に東北まで釣りに出かけた。といってもメインは釣りではなく、長年来の友達と旧交を温めつつ、川のほとりに張ったキャンプでお酒を飲むというもの。京都から一ノ関まで新幹線を乗り継いでわずか5時間ちょっと。いやぁ、速いもんです。その日は朝早く起きて仕事に取り掛かり、新幹線の中でも引き続きパチパチとキーを打ち、一ノ関のホテルでもさらにパソコンと睨めっこ。翌朝も早く起きて仕事をばっちり終えたところでお友達が車でお出迎えにきてくれました。そこから車に揺られ、峠を越えて走ること2時間ほどで山間の小さな川に着いた。早速テントを張り、酒を飲み、バーベキューで前沢牛を焼いて、あれこれとめどもない話を交わす。
翌日はちょっとだけ釣りをして、一ノ関まで送っていただく。
パソコンとネットさえあればどこででも仕事ができる、ということを改めて実感しかつ感謝。


今住んでいるマンションは、1月の入居時点で玄関が工事中であった。というより工事がストップしていた。建築会社のトラックがどんと2台停められ、あたり一面に張り紙の嵐。読んでみれば、施工主の大家さんと建築会社が揉めているようで、お互いに「撤去しないと訴えるぞ」、「ふん、建築用の機械に勝手に触ったら、こっちだって訴えちゃうからな」という内容の張り紙がべたべた。それが2月にはちょっと解決したようで、「工事を再開し3月中には終わりますから」という手紙が大家さんから来た。その後、トラックも撤去され、いよいよだろうかと期待させておいて、何にも変化がない。どうなってんだろうと思っていたら、昨日、今月20日から工事を開始します、と日付を指定した上での大家さんからの更なる手紙が来た。やっとどうにかなるのかとほっとしていたら、同じ日、裁判所から書留がうちに来た。なんだろう、裁判の陪審員にでも選ばれたのだろうかと開けてみれば、債権差押命令。
は?差押?俺、誰にも借金してないし、なんかの間違いだろうと思ったら、そうではなく、大家さんが建築会社に支払うべき債務の一部として、私ら店子が払う家賃が差押対象になったらしい。
いやはや、なんだかいきなりディープな日本の社会に巻き込まれてしまって、興味津々の毎日でございます。

posted by 完治 at 12:15| Comment(4) | たわ言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月05日

サクラサク

近所に桜守の佐野藤右衛門さんの家があり、桜が見ごろの今は自宅の庭を無料で開放している、というので夜桜を見に行った。歩いて行けないことはないけれど横着をして途中まで車で行く。広沢の池のほとりに車を止め、ふらふらと歩いていくと、目指す藤右衛門さんの家の少し手前で交通整理の人まで出て車やら人やらを誘導している。うへぇ、そんなに凄いのかと思ったら、実はそうではなく、広沢の池のほとりにある世界救世教いずのめ教団の平安郷が土、日、月の3日間だけ観桜会として一般開放しているとのこと。閉門まであと20分というので、それならここをまず先に観て行こうと中に入れてもらう。左にライトアップされた桜越しの広沢の池、右に同じくライトアップされた竹林、そして竹を切った中にぼんやりと灯る蝋燭、といういかにも日本情緒漂う風景の中をゆっくりと歩いていけば、あちこちに咲き誇る桜。それを愛でながらさらに進むと、真っ暗な闇に白く浮かび上がる枝垂桜の大木。おおお、ニッポンの美、ですねぇ。





世界中どこに行っても、一番金を持っているのはやっぱり宗教なんだなぁと改めて感心した。
それから、ゆっくりと歩を進め、佐野藤右衛門さんの桜を見せていただく。




ああ、ええもん見せてもろた、眼福、眼福、と帰って芋焼酎で乾杯。
posted by 完治 at 09:36| Comment(2) | たわ言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

そろそろ春、だなぁ

ようやく日本のスーパーにも眼が慣れてきた。帰国した当初はスーパーに足を踏み入れると「おお、これ、食いてぇ!」「うわ、これ、めっちゃ美味そう!」「す、すげぇ」「あれもこれもそれも、あああ、全部ください」と一人お祭り状態となり涎をだらだら垂れ流しであったのだが、最近はもう少し冷静な眼で見られるようになり「ネーミングでうまく人を釣ろうとしているな」とか「賞味期限がこれということは閉店間際にはちょい下がるかも」とか「あっちのスーパーのほうが安かったな」と比較、批評しつつ検討できるようになった。人間、どのような状況にも慣れてしまうものである。

日々の暮らしは、1LDKの狭いダイニングのテーブルで食事をし、済むと食器を片付け、かわりにノートブックを置いてお仕事。翻訳の前処理や事務などは女房にやってもらっているので、そんなときは二人でテーブルに向かってそれぞれのノートパソコンを開きパチパチ、カチャカチャ。そのすぐ横ではタロがいびきをかいて眠り、モモとトビが走り回って遊んでいる。完全に家内制手工業の趣である。

京都の街にも少しずつ馴染み、土地勘がある程度わくようになってきた。昨日は初めて車で街に行き、初めてコインパークに車を止め、念願のラーメンを食べた後、賀茂川の支流、高野川で犬を散歩させ、お土産にケーキを買って帰るという「ほんに京の人」的一日を過ごした。京都の狭く入り組んだ道を走り回るためにカーナビを買おうかどうしようか考えたけれど、なくてもどうにかなりそうだ。
posted by 完治 at 10:09| Comment(5) | たわ言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月09日

近況報告、京都便り

ニュージーランドの片田舎から京都は嵐山に引っ越してきて2週間。なんか、ずっとここにいたような感じで違和感無く毎日の生活を送っている。インターネットで探し、実際に見ることもなく決めたマンションは意外と当たりだったりした。駅まで近いし、三方にある窓のどこからでも嵐山や愛宕山などが間近に見えるし。隣は「天使の里」という不思議な空間で中には入れないものの、民家ではないから塀に犬がおしっこをしたりしても、ま、それほど気を使わずにいられる(ペットボトルで持ち歩いている水でその都度洗い流してますけど)。

不動産屋の宣伝では光ファイバーが敷いてあるという話だったマンションには、光はおろかネットがまだ入っていない。それで実家に通って仕事をしているのだけれど、これはこれで良かったと思う。嵐電に乗って通勤していると、なんか、こう、和むんじゃうのだ。一応仕事をしに行っているはずなのに、JRなんかで通勤というのとはだいぶ雰囲気が違う。

犬の散歩などで不便なところはあることは確か。でもこれは人間の便利さとのトレードオフなので仕方ないだろう。近々車を手に入れるつもりなので、そうすればタロ、モモも紐を外して思い切り遊ばせることもできるし。
とりあえずは、ヒト二人、犬二匹、猫一匹、つつがなく暮らしております。
posted by 完治 at 10:32| Comment(6) | たわ言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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