2009年10月12日

食いてしやまん

日本の3週間滞在から無事帰国。見事3キロほど体重を増やしてきた。
前半の10日間は実家にいたのでもっぱらお袋の味を穏やかに堪能したものの、日暮里に居を移してからの後半10日間はまさに怒涛の外食街道まっしぐら、鯨飲馬食の暴飲暴食、あからさまにお腹が壊れてました。
日付は覚えていないので、順不同に列記すると。
<ラーメンの部>
つけめんTETSU千駄木店神名備大島ラーメン新本店上方ざんまい屋風来居

<餃子の部>
スヰートポーヅ神田餃子屋本店亀戸餃子本店かあちゃん餃子

<寿司の部>
乃池三喜鮨、この他にもう一軒、千駄木で食べたけれど名前が思い出せない。

<居酒屋の部>
権八 西麻生店名菜酒房 吉祥寺店かいせき あずま路刺身屋新太郎 魚庵 西日暮里駅前支店花いち

<中華料理の部>
アスター

<イタリア料理の部>
BOOOOOSE

<フランス料理の部>
カンテサンス

我ながらよく食ったものだと思う。おまけにラーメンの神名備、寿司の乃池、三喜鮨はそれぞれ二回行っているから1日に3軒回った日もあるということじゃないか。どんだけ食ったんだって話ですよ、ほんと。この中ですっげぇうまかったのは神名備で食べた杏仁豆腐です。ああ、また食いてぇ。
posted by 完治 at 20:00| Comment(3) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

ラーメン内ラーメン、ラーメン境界線上ラーメン

火曜日は何年か前に「本当に美味しいラーメンベスト30」に選ばれたという高安に行ってきた。連休中の昼時間とあって行列が長い。んが、それだけではなかった。ラーメン屋にしては恐ろしく回転が悪い。ということで1時間ほども待たされる。でスジラーメンを注文したのだが、ふと、気が変わって鶏のから揚げも頼む。まずラーメンが出てきた。おお、と驚く程のことはなく、ごく普通に美味しいラーメンでした。それよりもその後に出てきたから揚げにびっくり。から揚げ3個セットをお願いしたら、1個が鶏の胸肉一枚くらいはある。これを食えってか。うへぇ。味は悪くないのだけれど量に負けて一つ残してしまった。ラーメンは完食。
さて明けて水曜日。今度は「これはラーメンじゃないかも」と評判の高倉二条に。麺が全粒粉を使っていてまるで蕎麦のようという感想が多いみたい。こちらも並んでいたけれど程なく入店してカウンターに座る。味玉チャーシュー麺をすすってみれば、お、確かになぜか蕎麦のようだ。スープはがっつりカツオが効いているのだけれど、鶏も豚も濃厚で「和」には流れていない。ラーメンなのだけれど、いわゆる「ラーメン」からはだいぶ遠心的方向に走っている。でも、旨い。いや、美味しいものをいただきました。
今日、明日はお仕事なので家にこもりきり。明後日にもう一杯食べてから東京に転進だ。できればここに行ってみたかったのだが、車がないとどうにもならないとんでもないところにあるみたいなので、駅ビルのラーメン小路で我慢しよう。
posted by 完治 at 09:08| Comment(4) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月21日

ラーメン、ラーメン、餃子

実家に帰る妻を送って京都駅まで出た。ついでだからと駅ビルに入っている宝屋でトロトロチャーシュー麺をいただく。その名のとおり口の中で溶けるような極薄切りのチャーシューが丼の中に積まれている。鳥の香りが嬉しいスープにちょっと固ゆでの細麺。好みから言えば、ほんのちょっと、本当にちょっとだけスープから塩を抜いて、麺も腰が感じられるほどに茹で上げてあると良かったのだが、久しぶりに美味しいラーメンだった。
それから駅の横を東に抜けて第一旭へ。朝5時30分開店で、その時点で行列ができるという超有名店らしい。なんか期待させるじゃないの。しばらく並んでようやく中に入る。注文したのは特製ラーメンと餃子。一口すすって、あれ?と思った。ちょっと僕にはしょっぱすぎる。これは並んで食べるほどの味ではないと思うんだけど。
他にも京都には美味しいお店が沢山ありそうなので、もう何軒か食べ歩きをしてみよう。

ところで、下り60Mb、上がり50Mbってやっぱ速いっす。
posted by 完治 at 17:27| Comment(4) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月26日

美味しいもの、というものは存在するのか

日本滞在、中間報告。
6日間でラーメン11杯を食べた。その結果、判ったこと。
1.これだけの量をこれだけの短期間に食べると、曲がりなりにも自分の基準が出来上がってくる、ということ。
2.ラーメン屋には、本当にごくわずかの美味しいラーメン屋と、たくさんのまぁまぁのラーメン屋と、これまたたくさんのちっともうまくもなんともないラーメン屋がある、ということ。ある程度の下調べもなしで行き当たりばったりに入ったラーメン屋が旨いの何の、ということはまずない、ということ。
3.先生、すみません。なんか、めまいがしてふらふらするんですけど。

昨日は、門前仲町のこうかいぼうに行った。ラーメン屋としては、異例といって良いほどの客あしらい。おそらく奥さんと思われる人が、細かいところまで気が配っているところには感心。で、肝心のラーメンだけれど、ま、うまかった。でも、残念ながら、それだけだ。また食べに来ようとは思わない。その程度。まぁまぁのラーメン屋より頑張っているのは判るけれど、またぜひ食べたい、というところまではいっていないのだ。具体的に言うと、麺が固すぎ、スープの塩気が強すぎ、そして香り出しに使っているカツオの粉末がどうしてもざらざらと舌に残る。

先日は某有名フレンチレストランで夕食。ここは、色々な意味で今ひとつだった。メニューは完全お任せで13品。前菜はあれこれ感じながら食べていたのだけれど、メインからデザートに入った途端、僕の経験値をはるかに超える品々ばかりで、もうどれだけ超絶的で、どれだけ凄いのかすら判らない。つまり、食事のレベルに僕がまったくついていっていない。
実を言うと、ここだけでなく、寿司や天麩羅を食べて改めて感じたこととの一つとして、僕は味がまったく判っていないということがある。付け刃的ではあるにせよ、同じものを違う店でひたすら食べ続ければ、どうにかあれよりはこれ、これよりはそれ、という具合になんとか味の基準は出来上がる。けれどそれなしでは、僕は完全に寿司童貞、フレンチ童貞で、もう、とにかくなんでもすげぇっす、というレベルでしかない。つまり僕の中に寿司やフレンチに対する基準がまったくない。だからその有名なフレンチはもちろんのこと、ちょっと気軽なメシのつもりで入った寿司屋のランチですら、それがどれだけ美味しいのか、あるいはそうでないのか、それがよくわからないのだ(ちなみに、この寿司屋には店に張り紙がしてあり、「ここは昔ながらのにきりで食べるお店です」とあったのを、なんでにぎりが昔ながらなのよ、そうでも言わないと回転寿司に負けちゃうわけ?と訝しがっていたのだけれど、「にぎり」じゃなくて「にきり」なんですね、とほほのほ)。

でも、言い訳をするわけじゃないけれど、超有名一流人気ラーメン店を10軒はしごしたところで、せいぜい1万円。それと同じことを寿司やフレンチでやろうとしたいったいいくらかかってしまうことか。

ということで、これからもやっぱ、ラーメンみたい。
posted by 完治 at 00:10| Comment(2) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月21日

さらに食べ続ける

どうでもいいが、ラーメンばかりなのはなぜだ?と思いつつ、秋葉原まで歩いて出かける。まず最初は、九州じゃんがら秋葉原本店。あまり期待はしていなかったのだけれど、店についてそのジャンクな雰囲気に圧倒される。で、行列をしている間に注文をして、席に着くとほぼ同時に出された。九州じゃんがら全部いり。つまりはトッピングが全オプションありということでごちゃごちゃと乗っている。まずは麺を一口食べて、あ、旨い。これ、見た目よりはるかに旨い。豚もタレとは別の味で作ってあり、これがまたいける。スープも全部飲んでもしょっぱくないし。すっげぇ気に入りました。秋葉原にお越しの際にはぜひ。
で、あちこちの電気屋、パーツ屋を覗き、必要でもないものなのにあれもこれも欲しくなるのはなぜだ?と思いつつ、つぎの店、元祖一条流がんこ八代目に入り、塩ラーメン(紫蘇)をいただく。あっさりとしていながら、紫蘇が利いてきりりとした味。夏向けというところだろうか。でも、スープを飲み干すにはちょっとしょっぱすぎる。この辺は好みか。
ということで、現在11杯目。あと1週間、どれだけのラーメンを食べられるのだろう。わくわく。
posted by 完治 at 16:52| Comment(2) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月19日

食おう、とりあえず、食おう

先週の木曜日にオークランドに行き、モーテルに投宿。家を出る直前までやっていた仕事を夜半まで続行。翌金曜日、6時にオークランド空港でチェックインを済ませ、搭乗までまたまた仕事を続ける。飛行機に乗ってからも一瞬やろうかと考えたけれど、乗り物に弱い僕がそんなことをするとゲロゲロになるのは明らかなので、おとなしく映画を見る。残念ながらあまり面白いのをやっておらず、時間をもてあます。東京からは駅弁をほおばりつつ新幹線で上洛し、両親と再会を祝して乾杯また乾杯。
土曜日は、昼近くまで仕事をして琵琶湖へ西進。湖畔を望むホテルで、このところ毎年恒例となっている大斉藤会に参加。げらげら笑いながらひたすら飲む。
日曜日に京都に戻り、またまた飲む。
月曜日は、釣り友達に教えていただいた和菓子のお店で、住宅街にひっそりと佇む閑静な和の空間に包まれ、お茶の香りと甘味を堪能する。お茶とセットでいただいた和菓子も美味しかったけれど、もう絶品としか言いようがないのがわらび餅。口に入れたときは、ほのかな味わいでしかないのに、噛めば噛むほどどこからともなく甘みが沸いてきて、いつの間にか口中に広がる。うめぇっす。午後に東京に移動して、稲荷町に投宿。早速近くの店をはしごしてラーメン2杯を食べるが、どっちも外れ。1軒は去年クライストチャーチの友達と飲んだ後に入ったのだけれど、こんなに美味しくなかったっけか。あの時はべろべろに酔っ払っていたから味も何もなかったに違いない。しかし、時間も胃袋のスペースも限られているのだからなんとか当たりだけを、美味しいところだけをパクパクと堪能したいのだが、なかなかそうは行かないのが人生の悲哀である。
火曜日に浅草橋に転進してウィークリーマンションに入居。同じ値段のビジネスホテルより格段に広くて快適だし、おまけにネットも速い。チェックインまで時間があったので湯島の大喜で30食限定という「とりそば(塩ラーメン)」をいただく。たしかに美味しいけれど、感動するほどではない。これが1番に選ばれていると聞かされても、それほどのもんかぁ、というのが正直な感想。その後、浅草橋のマンション近くのラーメン屋をはしごしてさらに2杯をいただく。1軒はがっかり、もう1軒は、ま、こんなもんかというところ。
水曜日は、去年中野の本店で食べて感動した青葉御徒町にあるというので出かける。いや、やっぱりすごい。青葉はすごい。麺を口に入れた瞬間にこれだぁ、と叫びたくなる。もし欲を言うならば、ほんのちょっと、皮一枚分でいいから塩味を薄くして欲しいがこれは好みの問題かもしれない。
夕方から水戸に河岸を換えて、お友達のご案内で鴨鍋をいただく。さっと火を通したところをホロホロ鳥の溶き卵でいただけば、くうう、またこれが日本酒にあうこと。ひとしきり茨城の美酒で喉を湿らし、鴨で胃袋を満たしてから、さらに場所を代えて今度はモルト酒でしめる。いやぁ、水戸って素晴らしいところです。
そして今日、木曜日は、池袋に行き、創新麺庵 生粋で上生粋塩をいただく。うん、うまい。これは先日の大喜より上だ。大喜は麺が半死だったけれど、ここは麺が生きている。魚醤と柚子の香りでどことなくアジア系のイメージ。すっかり満足して、そのまま池袋サンシャインの池袋餃子スタジアムへ。弟の勧めで来たのだが、入ってびっくりつうかなんつうか、餃子スタジアムはともかく50近いおっさんが一人で足を踏み入れるのはかなり辛いものがあるぞ、ナンジャタウン。若いカップルばっかりじゃん。それでもなんとか宇都宮餃子会、安亭、そして千松龍では焼き餃子に水餃子もいただいて全部で4皿。いやぁ、もう胃袋はちきれそうやん。
にんにく臭いげっぷをしながら浅草橋に戻って、シャワーを浴びてすぐ近くの浅草橋 西口やきとんへ。ここはディープな居酒屋ファンの間では結構知られた店らしい。緑茶ハイ、ココア割り、どぶろく、ガツ、タン、レバ、タマネギ、モヤシ、厚揚げネギ間、皿ナンコツといかにもなところをいただく。裏メニューであったらしいフランスパンはちゃんとメニューに昇格していたが、すでにもう限界なので次回の期待ということで諦める。お土産のTシャツはちゃんと買ってきました。

さて、明日はどこへ行こうかいな。

posted by 完治 at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月09日

甘栗は遠くにありて想うもの

栗が爆発する原因が分かった。
つまりこういうことである。
栗を熱すると内部の水分も熱せられ水蒸気が発生する。しかし、栗は鬼皮という硬い殻に入っているので、水蒸気は外部に逃げられず内部に留まる。水は水蒸気になるとその体積が約1700倍になるため、鬼皮の内部は水蒸気の圧力で1気圧を超えて高圧となる。水は1気圧のもとでは100度で沸騰するけれど1気圧より高いところでは沸点も上がり、100度以上になる(ちょうど圧力鍋の中が1.15気圧位になっていてそのため115度まで水が沸騰しないのと同じ)。ここでいい気になってさらに加熱すると、栗の内部の水分は100度を超えて上昇しつつ、内部の圧力に応じた沸点で水蒸気となる。水蒸気が生まれることで内部はまたまた高圧となり、沸点はさらに上がる。以下この繰り返しで、もし、栗の鬼皮の強度が無限大であったなら、栗の内部の温度も無限に上昇する。が、もちろんそんなことはないので、内部からの圧力が鬼皮の強度を越えた時点で、鬼皮に亀裂が入る。
この時点では、まだ爆発しない。問題はその次だ。
亀裂が入り圧力が外部に逃げることで栗の内部は瞬時に1気圧に下がる。その時点で100度以上に上昇していた栗内部の水分は、沸点が100度になったため一瞬にして沸騰し、水蒸気となる。水蒸気は先ほども書いたように体積が1700倍になるので、鬼皮を吹き飛ばし、栗の内部を粉々にして台所からダイニングルームにかけて四方に飛び散る、というわけである。

となると、である。
100度以上に熱しなければいいのだ。栗を茹でても爆発しないのは、100度以上にならないからである。

これが本当かどうか、試してみることにした。天津甘栗風の小石加熱では温度管理ができないので、オーブンに入れ90度にセットしてみた。水と空気では比熱が違うから、栗に熱が通るまでかなり時間がかかるだろうと予想して、まずは1時間。
タイマーをセットして、仕事をしながら待つことしばし。
仕事に飽きた頃にどうなったかと見に行くと、爆発はしていない。熱々の栗をこわごわ手に取り爪で押すと、天津甘栗のように鬼皮が手で剥ける。ただ、渋皮が張り付いているところはちょと違う。食べてみた感じでは外側は火が通っているものの、中心部は今ひとつ。ということで、さらにもう30分追加した。
今度こそはと割ってみれば、ホクホクで、いや、美味しいこと。

結局、天津甘栗風に小石を鍋なり釜なりに入れて焼く場合、小石と栗の比重の違いで栗が表面に浮いてしまうのは欠点ではなく、実は栗が100度以上にならないために非常に重要なことであったようだ。熱すぎず冷たすぎずの火加減ももちろん大切だろう。
で、その辺のコツを手探りしながら、いよいよ天津甘栗を目指すか、というと、あんまりその気はない。なぜなら、渋皮が張り付かない、というのはそれこそ天津の栗でないと駄目らしいから(もし、日本産の栗でできるなら、中国輸入のものがとやかく言われる今日この頃、とっくの昔に100%国産栗使用の甘栗が出ているはず)。

ということで、後々のためのメモ。

栗をオーブンで焼く場合、100度以下にセットし、約1時間30分。
天津甘栗は夢見ないこと。

posted by 完治 at 12:40| Comment(6) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月08日

栗の逆襲

犬たちの散歩がてら湖畔に行き、手ごろな大きさの砂利を洗面器に一杯拾ってきた。これをふるいを二つ使って、水で洗い流しながら小さすぎる砂や大きすぎる小石を選り分ける。で、残ったちょうどいい感じの小石を中華なべに入れ、じわじわと熱して水気を飛ばす。手をかざすと暖かいくらいの熱さになったところで、傷のないなるべくきれいな栗を入れた。ジャラジャラとかき混ぜながら栗を炒り始めたのだけれど、ここでちょっと誤算。石と栗の比重の違いから、普通にヘラでしゃくっていたのでは栗は小石に混ざらず、その上にちょこんと乗っかっているだけ。これでは火の通りが悪いだろう。それで、ヘラで小石を上からかけ、中に栗を埋め込んでおくことにする。蒸し焼きである。しばらくしたところでかき混ぜ、また埋め戻す。さて、どれくらいやれば美味しい天津甘栗もどきができるのだろうと思っていたら、
バンッ!
バラバラバラ

う、うわぁ。栗が爆発した。吹き飛んだ小石と栗で台所がすごいことになってしまった。慌てて火を止めたけれど、とき既に遅し、第二弾がさらにバッカン!バラバラバラ。
粉々に飛び散った栗であたりは美味しそうな香りで一杯になる。
破裂した残りを見ると、中心部が粉状になってきれいになくなっている。

むむむ。ということで、天津甘栗は夢想と消え果た。

ネットで調べても、天津甘栗の製作過程で栗に切れ目を入れる、という説明はないのだけれど、やっぱり切れ目くらい入れているんだろうか?
栗が爆発するのはまず実の外側に火が通ってしまうので、内側の蒸気の逃げ道がなくなり、それで溜まりに溜まった高圧が殻を吹き飛ばすようだ(電子レンジでチンした卵の爆発と一緒ね)。けれど、栗を水から茹でても爆発しない。ということはうまく天津甘栗風に調理するには、加熱の仕方、温度、水分のなくなり方などいくつかの要因をいじってあげればできるはずだ。しかし、あれこれ考えているのだけれど、まだ確たる答えが出ない。

というか、そんなことより台所を掃除せねば

posted by 完治 at 11:34| Comment(5) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

今年も秋の味覚がごっそりだぁ

すっかり秋である。先日オークランドの帰りにマタマタで栗拾いもした。が、時期的に遅かったのか、あるいはライバル達に持っていかれたのか、いまひとつの収穫であった。けれど栗ならタウポ湖の反対側、オーモリ、プカワにあるオリーブ畑のおっさんのところの栗がある。今年も栗拾いをしたいのですが、とメールを送ったら、「おお、ちょうど栗を拾いに来いとメールをしようと思っていたところだ。いつでもおいで」といっていただけたので、女房と二人でザックをしっかり握り締めて出かけた。去年はここで7.2キロほど拾わさせていただいている。
道の両側に並木となった栗の木の傍らに車を停め、早速拾い始める。
おお、いいぞ。今年の栗は去年にもましてサイズがでかい。イガを靴底で割りながら拾っていると、、、。
で、でけぇ!
なんじゃ、こりゃ。
めちゃくちゃでっかい栗がここにもあそこにも。
イガの中には普通、栗が3個なっているのだけれど、どういうわけかそのうちの二つ、あるいはさらには一つだけが他の栗の養分までがっちり飲み込んで、パンパンに育っているものがある。そうなると、イガは小さいのに、その中にはまん丸に太った栗がごろんとはちきれんばかりに収まっている。
それからは、3つ均等に入っているものは見向きもせず、ひたすら二つ、あるいは一つだけが他を押しのけ威張り散らしながら育った栗を求めて、イガを割り続けた。デイパックがどんどん重くなる。
帰りにおじさんのところにお礼を言いに寄ったら、ここのブドウで作ったワインまでご馳走していただいてしまった。
なんという幸せ。

渋皮煮とかペーストとか栗ご飯にして近いうちに持って行きますので。はい。


http://www.troutbum.co.nz/IMAGE/chestnut_web_2.JPG
上の二つがマタマタ産の栗。
左はタウポ産の3つ均等に育ったもの。これでも充分にマタマタ産より大きいが、それよりはるかに大きいのが、栄養分独り占めのわがまま放題に育った栗。

http://www.troutbum.co.nz/IMAGE/chestnut_web_1.JPG
結局、今年もがっちり拾って、計7.5キロ。いやぁ、これからしばらくは栗三昧じゃぁ。

posted by 完治 at 10:42| Comment(10) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

壁に耳あり、障子に目あり、藪の中には木耳あり

うふふのふ。

http://www.troutbum.co.nz/IMAGE/woodear.jpg

カズさん、根岸さん、どうもありがとうございました。
おかげさまでトンガリロの川沿いのブッシュにてキクラゲを見つけることができました。いつも歩いている散歩道からほんの数メートル脇にそれるだけというお手ごろな場所です。これからしばらくは新鮮なキクラゲを楽しめそうです。

posted by 完治 at 17:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月12日

ひとときの快楽に身をゆだね

2週間の飽食の日々は終わった。
いや、しかしよく食べ、よく飲んだ。
ここ数年、毎年日本に帰っているけれど、その中で一番の散財の旅となってしまった。カメラや釣具など高価なものは一切買っていないので、すべて胃袋の中に消えていってしまったわけだ。形としてはまったく残っていない。写真すらないから、まさに一瞬のうたかたの夢のようなものに、気前よくお金を使ったことになる。
自分としては、理想的なお金の使い方だと思う。よくやった。

さて、そうやって、またNZの生活に戻ってきたわけである。いかにここが静かであるか、改めて感心した。ま、東京の上野の駅近くのビジネスホテルと比べれば、当たり前といえば当たり前なのだが。
これからしばらくはまじめにこつこつと働いて、胃の中に消えるのか、はたまた竿のしなりに昇華するのかは分からないけれど、うたかたの夢に再び身を委ねられる日がくるべく、資金を貯めようじゃないの。


いない間に溜まった郵便をチェックしていたら、お、なんと、
ブロードバンドがモチュオパに来たらしい!

うほほほぉほ。いやぁ、ついに来ましたか。ホテル滞在中はWiFiでサクサクと気持ちよくインターネットが楽しめたので、これでまたダイアルアップの遅速に戻るのかと思うと気が重かったのだが。そうですか、やっと来てくれましたか。
ということで、Xtra、Slingshot、Orcon、Woosh、ihug、Telestraclearなど、あれこれプランを見て、どこにするか検討中。
検討項目は、スピード、容量もさることながら、メールのスパムフィルターを簡単にスイッチオフできるか、さらにウェブホスティングなどもやっているかなど。今のところ、Orconが有力候補なり。

posted by 完治 at 06:46| Comment(10) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月08日

残すところあとわずか

朝、さらっと仕事をこなし、ふと時計を見るともう11時近い。小腹も減ったし、何か食わねばということで、浅草まで出かけ、「駒形どぜう」でどぜうなべをつつきながら日本酒をいただく。広い畳敷きの部屋で天井もぽんと抜け、いかにも時代を感じさせる空間で、胡坐をかいたその先には炭火がかんかんと燃え起こり、どぜうがくつくつと煮えている。これを一人でもくもくと食すのはあまりにも無粋もいいところ。やはり愛人かお妾さんと差し向かいで、なんと言う言葉を交わすでなく、「あ、ほら、もうどじょうが、、」「うん」てな具合でちまちまとやりたい。やりたいのは山々ではあるけれど、こればかりはどうしようもないので、雰囲気だけを味わいつつ、ちびちびとやる。
3時過ぎにクライストチャーチの佐藤君から電話をもらい、稲荷町で合流。それから、二人で神保町へ出かけ、つり人社の滝さん、岡村さん、そして東さんと森下の「山利喜」へ。ちょっとしゃれた煮込みをつついて、わいわいと盛り上がり、ひたすら飲みぃの食べぇの。ビールを一杯、日本酒を4杯ほど飲んで、ご馳走様ということでつり人社の皆様、東さんとお別れをする。稲荷町まで戻っては来たものの、もう一杯飲んじゃう?ということで、ホテル近くの立ち飲み屋でさらに日本酒を二杯。それでそのままグテンキュウ。

今日は、佐藤君と一緒に築地の市場に出かけ、美味しいそうな鮮魚の類をあれこれ見た後で、場外市場の寿司屋に入る。こはだ、あじ、いわしなどを握ってもらいながら、日本酒をちくっとやる。昼間っから豪勢だねぇと二人で感動しつつ、美味い魚に感心する。
かっぱ橋に出かけ、佐藤君がお仕事用の包丁を数本購入した後で、中野まで足を伸ばし、美味いラーメンをと欲張ったのがいけなかったのか、定休日の看板を前にして崩れ落ちてしまった。それから渋谷のサンスイ、上州屋で釣り道具をあれこれ買いまくる。
夕飯は、もう今から10数年前にNZで働いていた島田君のお店、田原町の陣屋に行き、納豆おろし、シラスおろし、厚揚げ、塩辛、きびなごといった気取るところも何もないけれど、大根もわさびもおろしたてという、きっちりといい仕事をしている肴をつまみに日本酒をいただく。
ほろ酔い加減で稲荷町まで歩いて帰り、ホテルに入ろうとしたけれど、そのまま通り過ぎて中華料理屋へ。にらとにんにくの炒めもの、ナスのピリから炒め、餃子と食べたところでさらにラーメンで一日をしめる。

上野で数少ない湧いている温泉だというホテルの大浴場で風呂を浴び、さぁ寝ようかと思ってメールをチェックしたら、先日納品した私の翻訳に抜けがあるとのご指摘。げげげ。慌てて原文、訳文を確認したら確かに抜けている。あまりのことに愕然、呆然としつつ、早速お詫びのメールを送る。

僕は、まだまだ駄目です。
顔を洗って出直してきます。

posted by 完治 at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

まだまだ呑みたい、食いたい

日本居酒屋紀行もそろそろ終盤戦に入りつつある。
今日の夕飯はぜひ上野の「まるき」でと思って万障繰り合わせの上で出かけたにもかかわらず、無常にもシャッターが下りている。お休みって土日だけじゃないのぉ、とがっくりしつつ、それならということで同じく上野の「松ずみ」に入る。せっかくの東京なのだからと「澤の井」を傾け、せっかくの日本なのだからとクジラの刺身とクジラのから揚げを頼む。その後、ぎんぽの天麩羅、湯葉の刺身、厚揚げといただいて、腹もしっかり落ち着いたところで店を後にする。諦めきれずにもういちど「まるき」の前を通るものの、やはりシャッターは降りたまま。しゃあないかと、ネオンと人ごみを堪能しつつ、ぶらぶらとアメ横を散歩し、ほとんど空きがないほどの人で混み合っている立ち呑み「たきおか」で何とか場所を見つける。隣で50過ぎのおっさんと20前後の茶髪のおねいさんが飲んでいる。おっさんは何かにつけては、おねいさんにべたべたと触ろうとしているあたり、これからご出勤のおねいさんなのか。それにしてはあまりにも安いところで呑んでいるので、関係不明のお二人。店の中があまりにも騒々しくて一人で落ち着いて飲むというには程遠いので、生ビール1パイとレバの塩焼きだけで退散。それから夜の街をガオーとは言いこそしないが、いい気持ちでふらふら歩き、なんとなく雰囲気に誘われて、焼き鳥「文楽」に腰を落ち着ける。ここで日本酒をいただきながら、焼き鳥、やっこ。日本酒をお代わりして、さらに焼き鳥、煮込み。

本日は、どの店でも桂米朝の上方落語を読みながらの飲み歩き。いや、なかなか楽しかった夜だこと。

追記 今、ネットで調べたら、「まるき」は去年の暮れに閉店してしまったんだとのこと。うへぇ、そうだったのか。でも、先週の夕方に前を通ったら、シャッターが半分開いていて、扉に張られた営業時間や「女性だけのお客様はご遠慮願います」の張り紙を目にしていたので、てっきり営業しているものだとばかり思っていたのに。なんとも残念至極。

posted by 完治 at 01:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月30日

至福の一日

先日、弟や☆君と会ったときに、明日死ぬとしてその前に食べておきたいものは何かという問いに対し、弟が「吉祥寺の餃子みんみん」と即答したので、早速昼飯として食しに行く。吉祥寺についてふらふら歩いていると、相変わらず肉屋の前にはメンチカツを求めた人の長蛇の列。それを横目でにらんで、ハモニカ横丁に入り、狭い路地を奥に進んで餃子ライス、あ、餃子はダブルでお願いねと注文する。むしゃむしゃ、パクパク。たとえ血のつながった兄弟とはいえ、食の好みは違うものだなぁと実感して店を出る。早い話、そこまで美味いかぁというのが正直な感想。何か満たされないものを胸に抱きつつ、そうだ、中野の「青葉」に行ってみようと、場所移動。満席ではあったけれど、平日なのでほとんど並ばずに、席に着くことができた。中華そば。う、うまい。めちゃくちゃ美味い。この麺の滑らかさはいったい何なんだ?うはぁ、おお。柔らかくて腰があり、舌触りは妖しいまでにそそるものがある。これまで食べたラーメンの中でここが一番美味いっす。くうぅ。俺はこんな素晴らしいものを食べることができて幸せだぁ!
夜は新宿に繰り出し、「吉本」で。釣りが好きでNZに何度も足を運んだ人たちとその奥さん総勢9名で釣りの話で盛り上がりつつ、美味しい日本酒をいただく。酒も肴もどれも至福の味わいだったけれど、うほぉと思わず目を見張ったのは、久保田が作っている米麹入りのアイスクリーム。久保田の蔵でしか売っていないという珍しい品らしい。非常にあっさりとして舌が休まるうえに、米麹入りというところが酒飲みの心をくすぐる。
この店は僕が予約を入れたのだけれど、どうやってこんなところを見つけるのよ、というお問い合わせを出席者からいただく。
ええと、こことかここを参考にして探してます。

皆さんと別れた後、もう一軒行こうかどうしようか迷った挙句、とりあえずホテルにいったん戻ることにする。で、メールをチェックしたら、うわあ、仕事が入ってるじゃないか。仕方なくはしごは諦め、2時ころまでこつこつ働く。

さて、今日はこれから萩まで行ってきますですら。港町だけあって地の魚がいいということなので、楽しみです。

posted by 完治 at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月28日

ひたすら食べる日々

中野で昼前に大学時代の友人と会う。近くの「蕎麦屋」に入り、アナゴの天麩羅と二八蕎麦をつまみながら日本酒を飲む。いや、風情がありますな。お互いの近況報告などをしつつ、いたわさもパクパク。その後広島に行くという友人を駅で見送ってからぶらぶらと繁華街を歩き、「青葉」に行くものの、行列が結構長かったので諦めて、南口に向かう。行き先は「大勝軒」。実は池袋の大勝軒でぜひとも食べたかったのだが、残念ながら今年の3月に閉店してしまったので、その元祖ともいえる中野でつけそばを一杯。腹もくちくなったので中野サンプラザの前の広場に腰を下ろすと、猛烈な眠気に襲われる。ひざの上に開いた本など読むことができない状態。どれくらい寝たのか。3時間ほどここで何をするでなくぼんやりとし、高円寺に移動。小さな商店、飲み屋がたくさん並び、人の出も多く活気がある。その中にあった小さなケーキ屋は、店の看板はおろか名前すらどこにも見当たらないというのに、行列ができている。すごく気になるがケーキは今回のテーマから外れるのでパス。夕方に弟夫婦、それについこの間までNZでワーホリをやっていたホシ君と落ち合って、居酒屋で刺身を摘みながら日本酒と焼酎。終電ぎりぎりまで飲んで、ようやくホテルに到着するが、なんとなく口さびしくて近くの24時間営業の店でまたまた蕎麦。それでやっと満足して、シャワーも浴びず、泥酔の爆睡。

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2007年05月26日

まずは前座試合

NZ航空でベストエコノミーシートの53番は残念ながら取れなかった。それでもしつこくどうにかなりませんかとチェックインカウンターで粘っていたら、それならということで31番をいただく。ここも前に座席がないので足元は広々としている。以前電話でこの席を予約しようとしたら、予約はできないということだったから、早く空港に行ってチェックインするしかないみたい。

「硫黄島からの手紙」「Volver」「Out of Blue」「Perfume」と4本立てで映画を楽しみ、「CSI Miami」を見たら日本に着いた(ちなみにこの中で一番面白かったのは「Volver」)。8時過ぎに稲荷町のホテルにチェックインし、夕飯を食べに稲荷町に繰り出す。
まずは、串焼き「すぎさく」に。日本酒1合をちびちびやりながら、肴はNZでは絶対に食えないものということで、レバ刺しと霜降り馬刺しをいただく。周りを見渡せば会社帰りの人ばかりで、ネクタイをしていないのは僕だけ。「部長がさ」なんてお決まりの会話を隣に聞きながら、焼き鳥3本もいただいて店を後にする。
次に入ったのは「う舞堂」。テーブルは埋まっているが、カウンターはほとんど客がいない。一人で飲んでいると浮いてしまって今ひとつ落ち着かない。とか何とか言いながら、結局日本酒を2合飲む(「すぎさく」とまったく同じグラスに枡だったけれど、盛は「すぎさく」の方が多かった)。肴は蛍烏賊の刺身、丸干し秋刀魚のくさや、豆酩(とうべい)。
腹も一杯になったので、腹ごなしの運動を兼ねて、夜の街をふらふらと徘徊する。傘もさせない狭い路地に何の意味も用事もなくただ入り込んだりして、「ニッポン」を満喫。胃袋は満杯でもう食えないと言っているのだが、店の看板や暖簾を見るたびに、目と頭がまだ食いてぇと騒ぎ出す。しばらく歩いて腹がこなれたところで、本日の締めということでラーメン屋に入り醤油ラーメンを食べる。太麺の縮れ麺で、体に悪いだろうなぁというくらいギトギトに脂が浮いている。しかし、美味い。いや、酔っ払っているからだけなのかもしれないが。

こうして日本での第一夜は過ぎていったのでありました。

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2007年05月20日

飲みます、食います、そして、まだまだ

いよいよ今週末から2週間の日本旅行である。しばらく前に読んだ村上春樹の「もし僕らの言葉がウィスキーであったなら」の冒頭に、無目的にぶらぶらするのも楽しいけれど、目的があったほうが旅はうまく運ぶことが多いみたい、とあったので、とりあえず今回の日本紀行のテーマを決めてみた。

昼はラーメン、夜は居酒屋。

これが今回のテーマです。ひたすら食って、ひたすら飲みます。もっとも数えてみたら、僕が自分の好きなところで自分の好きなように食事をできる機会は昼6回、夜5回しかない。だからどれだけ回れるか分からないけれど、時間と機会の許す限り、いろいろ食べ歩き、飲み歩きをしてみようと思う。最低限の縛りとしては、とにかくどこで食べてもいいのだけれど、野菜ジュースを買ったりとかATMの用事があるのでない限り、コンビニには足を踏み入れないこと。そう堅く誓いました。前回は、コンビニで買ったカップラーメン2杯が夕食なんて馬鹿なこともしてしまったのが、今思うと残念でならない。

僕が生きていられる時間というのは有限である。その中で僕が好きに食べてよい食事の数というのも限られている。さらに胃袋の容量という物理的リミットもあるのだから、食べたい時に食べられる食事の量、数とも限度がある。そうなると、僕が饗応できる食の世界というのは、井の中の蛙が食べようとしたハエの、そのまた目玉の単眼一つに写った世界の隅っこのごく一部でしかない。なんともため息が出てしまう話ではないか。しかしそんなことでめげていていけない。僕の知ることができる世界がどれだけ小さかろうとも、その小さな世界をわずかながらでも広げようとすることが、僕がここにいる時間を華やかに飾ってくれるのだから。

今の僕の心の底にゆらゆらと湧き上がって来ている気持ちを単刀直入に表現してしまえば、「とにかく、食おうよ」という一言になる。あれこれ当たりも外れもあるだろうけれど、それも含めてすべて鯨飲馬食で呑み込んでしまおうじゃないの。

見知らぬ店に入り、まずい肴とまずい酒を出され、おまけに法外な料金を請求されるのでないかと恐れるあまり、安易な安全牌(つまりコンビニを含めたフランチャイズのお店です)に走るより、とりあえず気になった店の扉を開けて、どうなるのか、どうなってしまうのか、巻き込まれてみようじゃないの。それが、今回の裏テーマでもあります。

ごく私的な告白をすると、まだ東京で働いていたころ、デザイナーの先輩と新宿でわけの分からないバーに入って、おばあちゃん2人となんやかんやお喋りをし、ビールを2本空けていざ帰ろうとしたら、「はい、1万円」とこわおもてのお兄ちゃんが請求書を持ってきた、あのトラウマをなんとか克服したい。そういうことです。

posted by 完治 at 20:17| Comment(6) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月27日

秋の味覚を拾う

先日、湖の反対側でオリーブ園をやっているおじさんからメールが来た。「栗は熟した。あたり一面、地面にばらばら落ちている。拾いたければ来い」
おお、おおお。なんとも嬉しいお誘いではないか。このおじさんとは、数年前にタウポで開かれた地元のワインと食べ物のお祭りで知り合った。おじさんはオリーブオイルを出展していたのだが、それがなんとも香りが高く、かつ爽やかな果実の味が感じられるとても美味しいものだったのだ。以来、日本へのお土産などにここのオリーブオイルを持っていったりしているので、個人消費としては結構買っている。おじさんの話では、土地やその他の設備投資を換算すると1本1万ドルくらいになるんだぜ、ということなので、価格の割にはやたらめたらお高いオリーブオイルである。で、そこが栗も植えているのだけれど、誰も採らないから捨ててるんだよな、となんとも勿体無い話。それならぜひ私めらにとお願いしておいたのだ。
行ってみたら、木はまだまだ小さいけれど、剪定などしっかりしてあるからなっている実の大きいこと。じつを言うと、先週、トンガリロ川沿いの栗の木とツランギの公園にある栗の木の下をあさっていいやつを拾ってきたのだが、そんなのは目じゃなかった。

左下がトンガリロ川沿い、右下がツランギの公園のもの。そして上がおじさんのところのもの。ちなみにそれぞれ9個ずつを計ってみたら、トンガリロ川沿い産が77g、ツランギ公園産が95g、そしてオリーブ農園産はなんと134g!
うわっはっは。たくさんたくさん落ちている中の大きいやつだけを選んで拾ってきたのに、あっという間に、これこの通り。

なんと、二人で気づいたら、7.2kgも拾ってしまっていたのであった。
ということで、しばらくは栗三昧。栗ご飯、栗の渋皮煮、マロングラッセ、栗ペースト、、、。
ふふふふ。秋は嬉しいのぉ。

posted by 完治 at 10:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

遊びやせんと生まれけむ

先日、近所に住む日本人の奥さんを夕食にご招待した。その時にお出しした献立は、砂肝のニンニク日本酒煮、鶏レバーの甘辛煮、クラゲとワカメのワサビ酢あえ、ニンジンとキャベツのからし酢あえ、大根のカツオ出汁煮びたし、塩マスのバター焼き、じゃがいもと魚練り物の味噌汁という、「ニッポンの食事」であったのが、それを調理している僕の後ろで、女房と奥さんが「私たちだとどうやって手を抜くか、それを一生懸命考えるのに、男の人の料理って、なんでこうやって凝るんでしょうね」という話をしていた。
で、料理をしながら、このことに関して次のようなことを思いついた。
女性にとって料理は与えられたやるべき仕事であり、消化しなければならない雑用のひとつという時代がつい最近まで続いていた。が、70年代に入ってからウーマンリブやらフェミニズムやらで、女性の社会進出が鼓舞され、料理はできるだけ簡単に済ませるか、さらにはまったくやらない方が好ましいものというように変化した。なぜなら、料理は女性というだけで押し付けられた苦役なのだから、いかにしてこの足かせを排除あるいは軽減するかが女性自立への第一歩というわけである。また資本主義の目ざとい人たちはそこに目をつけて、電子レンジでチン、あるいはそれすらいらないお総菜の数々を販売して、この動きを一層促進させた。
これに対し、男が料理をする場合、これは自分で選択するものであり、自由意思に基づいた決定の末に包丁を手に取る。料理がしたくなければ吉野家で牛丼でも食べていればいいのだ。やらなくても良いことを自分の意志でやる、つまりそれは料理が趣味や遊びとまったく同列だということを意味する。遊びである以上、そこには効率という視点はない。言い換えるなら、結果ではなくその行為をするという中にすでに目的が含み込まれている。例えば、釣りは、釣りをしているというだけですでにして面白く楽しいのだ。もちろん魚が釣れれば面白さが増すのも確かではあるけれど、魚を効率良く捕獲するということなら、網を使うか、毒でも撒いた方が早い。それをせずに、あえて釣りをするのは、釣りが魚を手にすることを目標とした行為ではあるけれど、そのことが行為を行うそもそもの目的ではなく、そこへいたるまでの道筋を楽しむことが目的だからである。
そして、この目指すところの違い、つまり効率を求めるか行為自体を楽しむかが、女性の料理と男性の料理のそもそもの出発点に横たわっているのではないだろうか。
ちなみにケーキやパン作りは、女性にとっても自分の意志で選ぶものだから、遊びとして成立しているような気がする。

というわけで、複雑なことも遊びとなれば面白い。で、今度はギョウザを作ろうと思った。できることなら美味しいやつをと思い、「ギョウザ勝負で負けたことなし」と豪語するにお伺いを立てる。で教えてもらったのが、これ。

「これは90個分の話。
まず、白菜4分の1個をザクザクとみじん切りにし、
これを手ぬぐいやガーゼで親の仇のごとくひたすら絞って水分をなくす。
ここでどこまで水分を絞れるかが大きなポイント!
塩を振って水分を抜く人もいるけど、俺は塩は振らない。
干ししいたけを少々用意し、ぎりぎりの水で戻す。
戻ったらみじん切り。もちろん戻し汁は捨てない。
次に、長葱2本、ニラを一束、イカを少々、生姜少々をみじん切り。
豚ひき肉は約200g、背脂があればなおよし♪
これをボールに入れて、塩を振って3分こねる。
これでかなり味が変わる!
ここに白菜以外の材料を入れ、老酒、胡麻油、干ししいたけの戻し汁、
ガラスープの素(顆粒)を入れて1分以内に混ぜる。
俺が使ってるガラスープの素には塩が入ってるので、入ってない場合は
ここで塩分調整をする。
最後に白菜を入れて、1分以内に混ぜる。」

さて、作り方はわかったというわけで、材料を揃えて作り始めようとしたのだが、ニラがない。で、同じ「ニ」で始まる匂いの強いものということでニンニクで代用。イカもなかったので、これはイカがしたものかと思いつつ、同じく海のものということでエビを代打に起用。さらにガラスープの素もないので、先日チャーシューを作った際の煮汁に漬け汁をプラスして誤魔化す。で、皮もこのあたりでは売っていないから手製で用意して、いざギョウザを作り始め、できあがってみたら、なぜか36個しかない。肉も白菜も分量はちゃんとあっているのに、不思議なこともあるものだ。
おかげで、教えてもらったレシピとはかなり完成図が違う気もするが(それに教えてくれたのは焼きギョウザだが、今回は水ギョウザで食べた)、美味しかったのでよしとしよう。


posted by 完治 at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月28日

寿司 vs ガツ、ハツ、レバ

この3月から僕の生活形態が大きく変わった。以前は10時近くによろよろとベッドから起き上がり、寝ぼけマナコで朝ご飯を食べ、パソコンに向かうともうお昼になっているので、やっぱり昼飯は食べないと身体に良くないよなと誰ともなく言い訳をしながらもぐもぐと口を動かし、食後のお茶を飲んでゆったりしているうちに、あれまぁ、いつの間にか午後遅くとなっているわけで、まいったな、これでは今日は何もしていないことになるじゃないか、せめて犬の散歩くらいは行かなければ犬が可哀想だしなんてことを呟きながらふらふらと出かけ、帰ってくるころにふとあたりを見回せば、すでにとっぷりと日が暮れているという毎日であった。これを夫婦でやっていたのだから、どうしようもない。しかし、まず妻が惰眠から目覚めたようで、隣町のタウポでフルタイムの仕事を見つけてきた。そのため毎朝7時前に起き、8時過ぎに家を出ていく。おかげで僕もそれに釣られて7時半には起きるようになったのだ。そして8時から仕事を始めていたりする。なんとまぁ、健全な。
そんなに朝早く起きるとやはり昼になる前に空腹がピークを迎え、つい早めに食べてしまう。前倒しになった昼食は、夕食も引きずり込むわけで、空きっ腹を抱えて妻の帰りを待っているのがまどろこしくてならない。だったらいっそのこと僕が夕飯を作ってしまえばよいのだ、と作り出したら、これがなかなか面白くてはまっている。それで平日はほぼ毎日僕が夕飯の料理をするようになった。

日本に帰ったのは、そんな生活をしばらく送ったころである。いろいろと美味しい和食をあちこちで食べ、楽しみながら、その味をなんとか舌に刻み込めないものかとささやかな努力をした。日本並の舌福は勿論無理だが、どうにかして自宅の食生活を半歩でも前進させられないかと望んでのことである。で、その時に気付いたのだ。寿司は絶対王制である、と。人を寄せ付けないんです。つまり、美味しいものをなんとか自分の手でこね上げようと苦心惨憺している家庭の主夫をあざ笑うようかのような存在なんです。台所に立ってお献立をどうしようかと頭を悩ませている人に、アイデアとかヒントを与えてくれるものは寿司屋にはなにもないのですよ。ただただ新鮮な魚があるだけ。徹頭徹尾これだけ。そして、これが手に入らないことにはどうしようもない世界なのだ。真似をするどころか、真似をする振りさえ許されない。だから山里の自宅に戻った僕にできるのは、口に入れた時に広がる幸せを遠くに思い出しながら、あああ、と涙するだけ。どうしようもなく悔しいぞ、寿司王。

それはさておき、先日タウポ湖で釣った鱒を刺し身にして食べたのだけれど、その時、いつもなら捨ててしまう胃袋、心臓、肝臓を醤油で甘辛く煮てみた。心臓は、小さいせいで特にこれというところもなかったのに対し、肝臓と胃袋は意外といけた。肝臓は、レバー特有の臭みがほとんどなく、あっさりとしていながらも滋味がにじみだす。胃袋は、こりこりとした歯ごたえが酒のつまみにちょうどいい。胃袋は半分に開いて煮たけれど、4分の1くらいに細く切ったほうが良かったかも。

さて、明日は何を食べよう。

posted by 完治 at 21:26| Comment(9) | TrackBack(0) | 食意地ーぬ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする